最終修正日: 2018年11月30日
一般財団法人公正研究推進協会(APRIN)
人類が積み上げてきた科学技術は、安全・安心で豊かな社会を築き、その社会を持続的に発展させることに貢献してきました。科学技術が人々の生活を飛躍的に向上させたといってもよいでしょう。しかしながら、最近200年間の急激な科学技術の発展は、環境問題、エネルギー問題、人口問題など地球規模の問題を生み出しました。科学技術に対する期待が大きい反面、科学技術によって引き起こされる問題に不安や懸念を抱いている人も多いようです。こういった状況で、日々業務に専心している技術者が、責任を果たすために気を付けなければならないことは、何でしょうか。
英国の首相であったチャーチル(Churchill)は「過去を遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう」といっています。江戸時代まで遡ってみましょう。江戸時代の商人出身の思想家、倫理学者として知られている石田梅岩は著作において「呉服問屋が、仕入れ時には長さが不足していると言って仕入れ値を下げさせ、販売時にはそれを黙って長さが足りているものと同じ値で売る。こういった行為を慎むことは、学問の力によってのみ可能になる」と書いています([1], pp.122-128)。梅岩のいう学問とは、倫理観・道徳観の育成です。梅岩が「正直・倹約・勤勉」に価値を置いている点は注目に値します。アメリカ独立宣言の起草者の一人であるベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)も同じようなことを言っていますので、「正直・倹約・勤勉」は世界共通の価値観でしょう([2], P.18)。正直であることは、一時的には利益は出ないかもしれませんが、長い目で見ると必ずその恩恵を蒙ることができます。儲かれば何をしてもよいという風潮に踊らされてはいけません。梅岩は、心の物差し、すなわち自律的な規範によって、自らを戒める倫理観の大切さを伝えています([2], P.50)。今から約280年前の言葉が現在でもそのまま通用します。それは、技術者への社会からの信頼を確保するには不可欠なことであるとともに、技術者がみずからの仕事に対して充実感を覚えるためにも重要なことです。こういった、古くからさまざまな職業で長く培われてきた倫理観が現代の技術者ではいったいどのようなものになるのかを考えることが本単元の主題になります。
本単元では、一般的な技術倫理について説明しますが、倫理に関連した事項ではそのほか、生命倫理、環境倫理、情報倫理、リスクマネジメント、データ管理などが近年注目されています。これらの倫理関連事項は少なからず技術倫理と接点を持っていますので、機会を見つけて勉強して下さい。
科学・技術がグローバル化し、科学・技術の競争が激化するのに伴い、近年、企業経営者や技術者の倫理観の欠如による事件や事故が多発しており、社会的な批判を浴びている状況にあります。このような事件や事故は事前の防止が基本です。防止対策にあたっては、企業経営者が倫理観を持って組織経営にあたることはもちろんですが、現場で専門家として技術にたずさわる技術者は、常日頃から倫理的な行動をとることに努め、単に組織内で決められ指示されたことに盲目的に従うのではなく、自律心と責任感を持って、自らの行動の適否を技術倫理に基づき判断できるようにならなければいけません[3]。企業のような組織の倫理問題は、経営者・技術者など個人の倫理問題と直結しているからです。
ただし、個人の力には限界があるので、組織的に行動する必要もあります。その結果、個人の倫理と組織の論理の間で迷うことが少なくありません。技術者としては、決してひるむことなく、組織の中にあっても常に自己を律する姿勢を持ち、責任ある行動をとる必要があります。
学協会などの技術者コミュニティは技術者が切磋琢磨し自らの能力を高める場であるとともに、そこを通じて社会貢献する場でもあります。技術者コミュニティへの参加者を増やし、技術者ならこうしたコミュニティに参加することは当たり前であるという社会的常識にまで高める努力が一人ひとりの技術者に求められています[4]。教育と資格の垣根が急速に失われていく中で、これからの技術者には、専門技術者に相応しい自らの資質や能力の保証と向上のため、資格取得や継続的自己研鑽に取り組むだけでなく、技術者コミュニティを軸に活動し、社会貢献を果たしていくことが期待されます([3]、[5])。
技術倫理は技術に関係する人々がいかに考え、行動するべきかを自ら判断し行動することを主眼としています。データの改ざんの問題や無資格の技術者が資格を必要とする検査業務をこなしている問題など、近年でも同じような不祥事が多発しています。「資格はあるが能力はない」、「能力はあるが資格は持っていない」、「資格もあり能力もある」―― いずれが技術者として望ましいでしょうか。もちろん「資格もあり能力もある」方が望ましいことは言うまでもないでしょう[4]。
技術者は、責任ある行動をとる(Responsibility)とともに、結果に対する責任(Accountability)が果たせるか、そして根拠を求められたとき、遡って根拠を追跡できるか(Traceability)、規則や法令をきちっと守っている(Compliance)か、などについて常日頃から意識しておく必要があります。技術に携わるにあたって常に自己を律する姿勢を持ち、責任ある行動をとることが使命です。このことは、個人に限らず、組織内でも十分に考えておくべきことです。倫理とは人間がいかに生き、考え、行動するべきか自ら判断し行動することを意味する概念であることを考えれば、科学・技術を担う技術者に高い倫理観が求められることは当然のことです[4]。
技術倫理の必要性を、最近発覚したある自動車メーカーの無資格者による検査を例に考えて見ましょう([6]、[7])。2017年11月18日の日本経済新聞は、「無資格検査が問題となっている自動車メーカーが、11月17日、社内調査の結果を公表した」と報じました。社内調査の結果、法令違反と知りながら不正を続け、資格試験で問題と答えを一緒に配っていたことなどが明らかになりました。調査結果の報告書は、法律事務所が中心となり、従業員や役員の聞き取り調査を基にまとめたもので、報告書では、「無資格者による検査」のほか、「監査時の不適切な対応」や「ずさんな検査員の養成方法」が指摘されています。さらに、報告書では「完成検査の重大性を十分認識しておらず規範意識は著しく鈍麻していた」と厳しく批判しています。社長兼最高責任者は、「工場の仕組みや目標が、現実とギャップのある形で長年放置されていた。問題が顕在化しなかったのは、現場と管理者層の間に距離があったためだ。風土として上意下達が多いなか、対策が手薄になっていたと認めざるを得ない」とコメントしたと記事には書かれています([6]、[7])。法令違反と知りながら不正を続け、資格試験で問題と一緒に答えを配ったり、教材を見ながら試験を受けさせたりしていたこと、さらに国土交通省や社内の監査の日だけ、無資格者をラインから外したり、無資格者に正規の検査員のバッジを配ったりし、不正が見つからないよう偽ったこと、これらは明確な法令違反です。主な再発防止策として、完成検査員の増員とともに完成検査員への再教育、試験の厳格化、などを具体的に挙げ、一連の対策の進捗については、経営会議に毎月報告するとの対策をメーカーはとることになりました。その後、法令が実態に合っていないのではないかという指摘もありましたが、そうであっても、法令順守をまず徹底するのがメーカーとしての社会的役割であることを肝に銘じるべきという強い指摘がありました。技術者・企業として法令順守(Compliance)を徹底すべきであることは論を俟ちません。